(旧)とりあえず俺と踊ろう

イタリア旅行記 四日目 ~僕にとってのイタリア 前編~

僕は高校生の頃くらいからレオナルド・ダ・ヴィンチを尊敬しています。




 
高校生当時に読んだ雑学の本で、

「世界で初めてコンタクトレンズを考え出したのはレオナルド・ダ・ヴィンチである」

という記述を読んだのが、レオナルドが僕の記憶に残った最初でした。
決して、彼の絵やその他のものに惹かれたわけではありません。
また、どの時代のどんな人かさえも知らなかった。
ただただ、コンタクトレンズのイメージだけが強かった。
そして、なんとなく尊敬し始めました。

それから、もう終わった番組『特命リサーチ』でのこと。
まぁどれくらい科学的なのかは置いといて。
その番組で聖骸布にかんする話題が取り上げられました。
聖骸布とは、イエス・キリストが磔にされて死んだ後、
その遺体を包んだとされる布のことです。
頭を中心に、縦に二つ折りにして遺骸を包んだとされています。
裏には当て布があてられ、はがすと人物の姿は見られず、血の染みのみが見られます。
番組では、磔の時に杭を打たれた手や足の部分にも血の染みがあると言われていました。
しかし、これは研究の結果、実は顔料で描かれた絵であることが分かりました。
絵というよりは、写真の技術を使ったような感じなのですが、
僕も良く分かっていないうえに、説明もややこしいので省略します。
この聖骸布を作ったのがレオナルドではないかという話でした。
年代測定の結果は1300年から1400年ころではないかと言われています。
レオナルドの時代より少し前なのですが、誤差も考えられますので許容範囲でしょうか。
この時代にそれほどの科学的知識を持ちえたのは彼しか考えられないという話でした。
さらに、もう一つ、レオナルドが創ったと思われる根拠が示されていました。
それは杭を打ち込まれた位置です。
多くの絵画で、キリストは手の平に杭を打たれています。
ところが、ここに杭を打っても体の重さに耐え切れないのだとか。
体を吊るすために杭を打つには、手首に打たなければならないそうです。
そして、この聖骸布の血の染みは手首に描かれていたのです。
当時の常識にとらわれない解剖学的知識を駆使していることも、
レオナルドが描いたという説の裏づけになっているようです。
以上の説は、テレビ局独自の説ではなく、
イギリスの研究者リン・ピクネット氏の説なのだそうです。

また、レオナルドはADHD(注意欠陥多動性障害)だったのではないかと言われています。
ADHD、最近はマスコミなんかでもこの言葉が流行っています。
授業中に席を立ったり、物事に全く集中できない子どもたち。
そういった子たちにADHDという病名が付けられるわけですが、
なんにでも病名を付けたがる傾向だと非難する人もいます。
そういった議論はここではしません。
ADHDとは簡単に言うと落ち着きなくソワソワしている状態なのですが、
治療には覚せい剤系の薬を使います。
落ち着きなくソワソワしている人に覚せい剤系は逆じゃないかと思い、
精神科の教授に質問してみました。
教授曰く、ADHDは半睡眠状態のようなもので、
寝ぼけてウトウトしているようなものだから集中できないのだということでした。
レオナルドは描きかけの絵をほったらかしにして何ヶ月間もどこかへ行くことも多かったようです。
未完成の絵がほとんどなのだとか。

長い話になってしまいました。
何せ思い入れのある人に関する話なので、もう少しお付き合いください。
小説・映画の『ダ・ヴィンチコード』を僕は未だ観ていません。
キリスト教に関する知識も非常に浅いですし、観ても分からないかなと思ったからです。
僕の携帯のアドレスは、もう5年以上前から「DaVinci」というのが入っています。
彼を尊敬し始めてもう15年近く。
そのレオナルドが小説や映画によって認知度が高くなって、
ファンも急増しているようですが、そのー、何と言いますか、
音楽のインディーズファンがひいきにしているバンドがメジャーデビューした時に感じるような、
そんな一抹の寂しさと興ざめを感じてしまうのです。

レオナルドを尊敬していた僕は、
彼女から卒業旅行にフランスかイタリアを提案された時、
迷わずイタリアを選びました。
一秒たりとも迷わなかった。
ヨーロッパの国で一つ行くなら、イタリア以外にはありえなかった。
ところが、そのことをmixiに書いたところ、友人の一人から、
「ダ・ヴィンチファンならフランスの方が……」
というコメントをもらいました。
僕は「ナルホド!!」と膝を打ったものです。
分かりやすく言うなら、シュワルツェネガーファンがカリフォルニアへ行くか、
オーストリアへ行くかの違いでしょうか(いや、分かりづらいですね)。
僕は高校時代からレオナルド・ダ・ヴィンチを尊敬していますが、
当時から彼の絵に興味を持ったことはほとんどありません。
絵画では『最後の晩餐』だけは大好きですが、『モナリザ』にもその他の絵にも興味がない。
例えば、レオナルドはモナリザを依頼されて描いた後に、
依頼者への受け渡しを拒否し生涯持ち歩き続け、
ちょっとずつ加筆していったというような逸話は大好きなんですが。
だから、レオナルドの絵のファンとは少し違うのです。
そういうわけで、ルーブル美術館のあるフランスよりは、
レオナルドが生まれ育ったイタリアなんですね。

唯一僕の好きな『最後の晩餐』ですが、
この壁画は絵の具にレオナルドの実験的手法が使われたせいで、
描かれてからちょっとしてすぐにポロポロと剥がれ落ちたそうです。
僕が以前に読んだ本では、絵の具に卵を混ぜるなどしていたようです。
食堂の壁に描かれたため、料理の湯気なんかも悪影響を及ぼしたようで、
ほとんど染みにしか見えない状態にまで陥ったこともあるとか。
一点透視図法で描かれ、見るものの視線は自ずと中心にいるキリストに向かいます。

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(画像はWikipediaより。クリックで拡大)

残念ながら、『最後の晩餐』を見に行くことはできませんでしたが、
僕はそれ以上に行きたかった場所へ行くことができました。
その場所に関しては、次回お話しすることにします。
とんでもなく長い話になった上に、旅行の話は皆無でした、すいません。
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by Willway_ER | 2007-05-19 07:15