(旧)とりあえず俺と踊ろう

志津川病院で勤務していた看護師の被災体験

夕方からの準夜勤務に行くための準備をしていたら大きな揺れがあった。
津波を警戒し、荷物をまとめようとしたが、
部屋中が散乱していてそれどころではなった。
かろうじて車のキーだけを見つけ、志津川病院に向かった。

志津川病院近辺は、海に面した平地が広がり、
走って遠くの高台に逃げるのはほぼ不可能だ。
彼女は避難先として、車で3分の志津川病院を選んだが、
結果的にこれが大正解な選択だった。

彼女が病院に着くと、付近の人たちも病院に集まってきていた。
3階まで避難すれば大丈夫だと言われ、
住民や外来・入院患者らを3階に避難させた。

テレビではジワジワと水位が上がっているように見えるが、
現場で目撃した感覚では、一気に水がかぶさってきたらしい。
志津川病院を実際に見てみると、4階の窓も一部割れている。
3階までの避難では不十分だったのだ。

辛うじて助かった人たちは、4階や5階にある会議室などで過ごした。
津波が引いたあと、下に救助に向かった。
入院患者の中には、エアマットが浮かんで助かった人もいた。
しかし、そういう人たちも全身濡れてしまって、
中には低体温で亡くなってしまう人もいた。
物資もなく、ただただ見守るしかできなかった。

彼女が穏やかに語る被災体験は、壮絶だった。
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by Willway_ER | 2011-04-26 10:16 | 南三陸町(平成23年4月)