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(旧)とりあえず俺と踊ろう

ハワイへ行った時の話

もう8年位前。
就職していた会社の社員旅行でハワイに連れて行ってもらいました。
帰国後、社員全員にレポートを出すようにというお達しが来ました。
一緒に行った同期や先輩方は、ホテルでグループ討論などやっていらっしゃったのですが、
僕はといえばまったく興味を示さず個人行動に終始していました。
完全にダメ社会人です。
今ならもう少し器用に立ち回れそうな気がします。

何泊かしたハワイでしたが、そのほとんどを独りで過ごしました。
その当時はそれが自分のスタイルだと思っていたわけです。
今でもやはり一人旅のほうが気楽だし、好きなものが見れる気がしますので、
変わっていないといえば変わっていないのかもしれません。

そして、レポートとして出したのが「more」以降の文なのですが……。
本部に写真と一緒にレポートをファックスしたら電話がかかってきて、
「間違っていませんか? これで良いんですか?」
と念を押されました。
それくらい社風にあっていなかったというか、
社会人としてありえないレポートだったというか……。

レポートを出した後の全体会議でのこと。
全体会議というのは月に一回あるのですが、
毎回、社長のありがたいお言葉が小一時間あります。
僕はそのほとんどすべての時間を寝て過ごしていました。
ある時、直属の上司から、
「いい加減にしろ」
と怒られてからは、メモを取るふりをして人生の目標なんぞを書き綴って目を覚まさせていました。
そんな会議の中で、社長が仰ったわけです。

「皆さんにレポートを出していただき、その全てに目を通させていただきました。
皆さんが交流を深めながら、これからの会社の未来を語り合っておられる姿がありありと浮かびました。
皆さんの真摯な姿勢に胸を打たれる思いで、皆さんをハワイへ連れて行って良かったと思いました。
ところが、中には一部、旅行の目的を勘違いしている人もいました。
そういう人もいるのだなぁと……(以下、省略)」

社長の話には、毎回一人ずつ社員の頑張っている話なんかが取り上げられるのですが、
僕が取り上げられたのは後にも先にもこの一回だけです。

それでは、破天荒好きの社長さえも落胆させてしまったレポートをどうぞ。



 
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飛行機の座席から窓の外を見ると、エンジンから煙が出ていた。
機内放送によるとどうやらエンジントラブルらしい。
離陸していなくて良かった。
結局一時間遅れでハワイへ出発することになった。
ハワイ。
私はそこが好きではない。
大した理由はないが、日本人ばかりで、ミーハー、卒業旅行、新婚旅行、農協旅行のイメージしかない。
後は暑いというくらいか。
だからあまり期待していない。
いや、期待していなかった。
ところが出発からこのエンジントラブル。
良い予感がする。
この先どうなるのか、トラブル好きの私に期待させるスタートだった。

社員研修旅行。
ハワイのホテルには四泊した。
予想以上に自由時間があり、私はその時間のほとんどを一人で過ごした。
理由は様々だが、一番大きな理由として、人より多く色々なものを見たかったというのがある。
他の人と同行すると、どうしても行動は制限されるし、
現地人あるいは他の外国人観光客との接触もおのずと減ってくる。
それが嫌だった。

自由時間。
考えてみると不思議な言葉である。
自由に過ごしていい時間ということだが、英語の辞書に『Free Time』の訳語は載っていない。
時間貧乏と言われる日本にしかない概念なのかもしれない。
さて、その自由時間のほとんどを、私はワイキキを歩きまわる事に費やした。
ワイキキビーチは東西に広がる砂浜である。
砂浜に沿って歩道があり、道路を挟んだ反対側にも歩道がある。
砂浜側の歩道の、ちょうど東西の真ん中あたりには、
サーフィンを世界に広めたといわれる偉大な男の三メートルくらいの銅像が建っている。
名前は確認したが忘れてしまった。
歩道にはいくつものベンチがあり、多くの人がくつろいでいる。

初日。
現地時間の午後四時くらいにワイキキの砂浜側の歩道を歩いていると、
銅像のすぐ横で面白いものを見つけた。
砂で作られた女性である。
背の高い木にもたれて座っている彼女はサングラスをかけていて、
髪の毛や肌の質感、表情など、非常に精巧に作られていた。
彼女はまだ完成しておらず、足が無かった。
彼女の横に座って足を創っている人物がいた。
この砂の彫刻とも言える女性を創った男である。
かなり良い体格をしているが、若くはない。
四十歳くらいだろうか。
短パンとTシャツのラフな格好をしている。
顔はかなりいかつく、バック・トゥ・ザ・フューチャーのドクのような顔だ。
右手には白いプラスチック製のメスのようなものを持っており、それを巧みに使って砂を削っている。
私は立ったまま、彼と彼女を見ていた。
持っているカメラで撮ることも忘れ、彼女の足を作り上げる彼の手つきを見ていた。
彼の近くに一ドル紙幣が何枚か入ったバケツが置いてあるのに気づいたのは、十五分ほどしてからである。
私はためらうことなく、その中に一ドル紙幣を入れた。
「Thank you,Sir」
彼が私を見て言った。
写真を撮るか。
一瞬そう思ったが、人通りも多く、カメラを構えるのがためらわれた。
結局、写真は撮らずにその場を後にした。
ふたたびワイキキ歩道を目的も無く歩いていたが、ずっと彼と彼女のことが気になってしょうがない。
写真を撮っておけば良かった。
日本に帰ってからそう思うかもしれない。
やはり、写真を撮っておこう。
ふたたび彼のところへ行くと、やはり足を作っているところだった。
見事なまでの脚線美である。
「Can I Take?」
私は持っているカメラを見せながら聞いた。
ハワイに来て初の英会話である。
「Sure」
私は何回かシャッターを切った。
「Thank you」
私は礼を言い、握手を求めた。
彼は砂が付いたまま右手を出した。
私の右手に砂の感触が伝わってきた。

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次の日の自由時間。
私はふたたび彼が居た場所へ行った。
案の定、彼はまた女性を創っていた。
しかし、今度はその女性の足が、人間の足ではなく魚のヒレのようになっていた。
人魚だ。
彼女は人魚になっていた。

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私は一ドル紙幣をバケツに入れた。
「Can I Take?」
「Sure」
人魚になった女性を何枚か撮った後、私は彼の横に腰を下ろした。
「昨日、彼女は人間だった。しかし今日は人魚になっている。なぜだ」
「さあね」
「明日は何になる」
「分からない」
彼が肩をすくめて答えた。
外国人はジェスチャーが良く似合う。
砂で作られた女性はサングラスをかけて笑っている。どこを見ているのだろう。
「彼女は何を見ているのだ」
「彼女は」
少し考えた後、彼が続けた。
「彼女は、君を見ている」
「Me!?」
思わず大声で言ってしまい、その後笑ってしまった。
面白い奴だな。私は財布からもう一ドルを出してバケツに入れた。
すると彼が慌てて、
「君はもう払ったから、払わなくて良い」
と言った。
しかし、こちらも一度払ったものを返してもらいたくはない。
第一、彼の砂の彫刻には二ドル以上の価値がある。
そう考えた私は、とっさに思い付いたことを言った。
「One dollar is for You.One dollar is for your work」
"work"には、「仕事」という意味の他に「芸術作品」という意味があったはずだ。
ハワイまで来て、高校時代の英語の先生、鬼の井上の顔を思い出してしまった。
「Thank you」
彼は嬉しそうにそう言って、また仕事に取り掛かった。
彼の仕事ぶりは真剣だ。

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六時間以上もかけて創っているのだから当然といえば当然だ。
生活も懸かっているし、何よりも、これは彼の仕事なのだ。
チップを払わずに写真を撮ろうとする観光客が居ると、
彼は彼の作品である彼女と観光客の間に仁王立ちになり、写真を撮らせない。
身長百八十センチ以上はあるだろう彼の仁王立ちは迫力ものである。

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さらに、欧米人が相手の時は英語でまくしたてるように何事かを言い、
日本人が相手の時はつたない日本語で、
「チップヲクダサイ」
と言う。

時に睨み合いになり、時には馬鹿にされたように笑われる。
それでも彼は創りつづけ、仁王立ちになり、チップを受け、写真を撮らせ、そしてまた創る。
時には、一ドル紙幣ではなくコインを入れていく客も居るが、それが一セント硬貨だったりすると、
彼はそれをバケツから拾い出し、歩道に投げ捨て鼻で笑う。

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「あいつには分からないのさ」
そう言っているような顔で私を見る。
私は肩をすくめて、
「まったくだ」
という表情をする。
彼は少し笑ってまた仕事に取り掛かる。
私は、片言の英語とジェスチャーで、予想以上のコミュニケーションが取れることに興奮して、
ある種の快感を覚え始めていた。
「明日も来るが、君は居るのか」
尋ねると、彼は早口の英語で答えたが、聞き取れなかった。
居なければ、それはそれで何か面白いものがあるだろう。

翌日。天気はあまり良くなく、朝から雨が降ったりやんだりしていた。
彼は砂浜には居なかった。
私は十五ドルのレンタル自転車でハワイ大学に行くことにした。
ハワイ大学はホテルから北へ行ったところにある。
距離はどれくらいかは分からないが、思った以上に遠かった。
ハワイ大学では水泳大会が行われていた。
そこで写真を撮っていると、ハワイ大学の男子学生から肩を叩かれた。
見ると、
「あんたも結構スケベやな」
という顔をしていた。私は、
「まあね」
という顔をして受け答えた。
帰り道で、ハワイ大学に行く途中気になった店でタコスを食べた。
これがまた非常ににうまかった。
さらに、一軒気になる店があったので入ると、店の主人は日本人で若くて美しい女性だった。
名前はアライさん。
店は雑貨屋で、古いタイプライターやカメラや、缶、ジュースのビン、服、オルゴール、時計、
とにかく色々なものがあった。
どれもが年代ものといった感じで、ある種の風格を備えている。
色々なことを教えてもらい、色々なものを買った。
値引きもかなりしてもらった。
その店よりももっと品揃えが豊富な場所があるから、そこに行ってみてはどうかと彼女は勧めてくれた。
『Antique Alley』
日曜日は休みで、土曜日は五時で閉店。
ハワイの現地人四人で共同経営していて、彼女も時々遊びに行くらしい。
距離は自転車で三十分くらい。
時計を見ると四時十五分。
今日は土曜日だから、残り四十五分しかない。
「ハワイの人はのんびりしているから、五時前でも今日はもう店閉めると言って閉めることもありますよ」
なおさらやばいではないか。
一瞬迷ったが、私はホテルに荷物を置いて、そこまで行ってみることにした。
迷うかもしれないことを考えると、相当急がないと間に合わない。
途中何度も道を聞いた。
ハワイの人は親切だ。
ただ、親切過ぎて、分からない場所もさも分かったように教えてくれる。
そのせいで同じ場所をうろうろすることになった。
閉店まで後十分。
もうだめかもと思い、一人の中年女性に道を尋ねた。
その女性はかなり親切で、連れていってあげると言ってくれたものの、
どうもそこに行っても店が見当たらない。
「その店は五時に閉まってしまうし、私は今日しかそこに行く機会が無い」
そう言うと、彼女は分かったと言って、一軒のビデオレンタルショップに入っていった。
もう残り五分を切っていた。
彼女がその店で店員に聞いてくれたおかげで、何とか場所は分かった。
残り後一分。
「ハワイの人はのんびりしているから、五時前でも今日はもう店閉めると言って閉めることもありますよ」
アライさんの言葉を思い出した。
道を案内してくれた女性がその店を見つけ、わたしにあそこにあるよと教えてくれた。
しかし目が悪い私には看板が見えない。
目を細めて看板を探すと確かにあった。
『Antique Alley』
やっとたどり着いた。
一息つく間もなく、
「Go!Go!Go!」
彼女が私の背中を押した。
私は礼を言って、その店に走った。
店はまだ開いていた。
日本の駄菓子屋を少し大きくしたような店内には、男性一人と女性二人が居た。
三才ぐらいの男の子も居た。
「私は、どうしても今日しかここに来ることができない。どうか見せてもらえないだろうか」
そう頼むと、彼らは快く閉店を六時近くまで待ってくれた。
「ハワイの人はのんびりしているから」、こういう事もあるのである。
店の主人に気に入られた私は、今度君がハワイに来たら、
安くて良いウクレレを用意するから、電話してくれといって名刺をくれた。
またしても、買い物会話ではない英会話を体験したことで、なんだかハワイが好きになってきていた。

最終日。
昼間、彼のところに行くと、やはり人魚を創っていた。
財布を見ると、十ドル紙幣一枚と五ドル紙幣一枚しかない。
これが全財産である。
五ドルを払うのはきつい。
コインを見ると、二十五セント硬貨が三枚、十セント硬貨が二枚、一セント硬貨が二枚あった。全部で九十七セント。
私は彼にその硬貨を見せて、これだけしかないが良いかと聞いた。
彼は一セント硬貨を私に返して、これだけ、つまり九十五セントで良いよと言った。
彼とは色々なことを話した。
道行く人のほとんどは、彼の作品に気づかない。
気づいても、ほとんどが素通りしていく。
写真を撮ろうとする人もたくさんいることはいるが、彼がチップを下さいと言うと去っていく人が多い。
そして、隣のいかつい銅像と一緒に写真を撮って帰って行く。
「そこの銅像と君の創った彼女では、彼女のほうがキュートだと思うよ」
「そうだね」
「でも、道行く人は皆、彼の写真は撮るが彼女の写真は撮らない。なんでだろう」
「彼はガイドブックに載っているけど、俺と俺の作品は載ってないからね」
核心を突いた答えだと思った。

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立ち止まって見ていく日本人も多い。
彼らのほとんどが、両手一杯の買い物袋を持っている。
そんな彼らが、凄いと言って彼の作品をカメラで撮ろうとする。
彼が、チップを下さいと片言の日本語で言うと、ほとんどの人が写真を撮らずに立ち去る。
中には、
「そこの銅像を撮るフリして、カメラを斜めにしてこっそり撮ろうぜ」
などと日本語で言っている恥知らずな奴等もいる。
私は同じ国の人間であることが恥ずかしくなった。
私は、日本語の分からないスコットのかわりに、何気なさを装って彼らと人魚の間に立った。
彼の作品には価値がある。
「日本人は皆凄い凄いと言って君の作品を見ているが、チップは払わない人が多いね」
「スゴイ、スゴイ」
彼は日本人観光客の物まねをした。
買い物袋をたくさん抱えたカップルを指差して私は、
「日本人はたくさんお金を持っている。でも、たった一ドルのチップも払わない。
彼らはハワイまで来て、靴や服や帽子やサングラスを買っている。
でも、一ドルのチップは払わない。日本人は金はたくさん持っているが、心は貧乏なんだ」
と、まくしたてるように言った。
すると彼は、
「いや、アメリカ人だって同じだよ」
と言って、にやりと笑った。

いったんホテルに帰って、夜もう一度彼の所へ向かった。
途中、五ドル紙幣をくずすためにABCストアでペプシを買った。
彼のところへ行くと、人魚は二人になっていた。
彼に、喉が渇いているか尋ねると渇いていると言うので、これを飲めと言ってペプシをあげた。
考えてみると、彼は一日中ここにこうして座っている。
飲み物が近くにある様子も無く、近くに買いに行っている間に写真を撮られても困る。
おそらく、一日中飲まず食わずのはずである。
彼がおいしそうにペプシを飲む姿が嬉しかった。
「そういえば、名前を聞いていなかった。名前は何だ」
「スコット」
「私はER。よろしく」
聞けば、スコットは十二年間砂の彫刻を創り続けているらしい。
現在、四十歳ちょっと。
一歳の娘と妻、それにお腹の中に一人子供が居るらしい。
「どうして、砂で創っているのか。木で創ればずっと残るのに」
そう聞いてみたが、彼の英語での答えを理解することができなかった。
英語力の不足を悔しいと思ったのは初めてだった。
私はふと思い付いて、彼にある提案をした。
「もし、もう少しお金が欲しければ、日本人に対してこう言ってみてはどうだろうか」
そう言って、私は日本語でゆっくりと、
「カノジョ ニモ クダサイ」
と言った。
彼はそれを繰り返して発音した。
紙に書いてくれと言うので、ローマ字で書き、さらに英語での意味も付け足して書いた。
そして二人で日本人相手の商売のシミレーションを行った。
何人かに一人はそのジョークを分かって、さらに一ドル払うのではないか。
たとえ十人に一人でも、収入が増えればしめたものである。
「仕事を終えて帰る時、君は彼女を壊していくのか」
「いや、そのままにして帰る」
「You leave it!? You leave it!? You leave it!?」
私は驚きの余りに、三回も同じ言葉を繰り返してしまった。
もし彼が壊すのならば、私はその瞬間の写真を撮りたいと思っていた。
しかし、壊さなければ誰かが無料で写真を撮るのではないか。
そう思って尋ねると、彼はサングラスを持って帰るから大丈夫だと言った。
「でも、サングラスを持っている人は自分のをはめて撮れる」
私がそう言うと、彼は彼女のサングラスを外してみせた。
そのサングラスにはちょっとした加工がしてあり、
ちょうど耳に引っかける部分が切り取られていた。
切り取っていない普通のサングラスをはめようとすると、すぐに壊れてしまうらしい。
それくらい微妙なバランスでできた作品なのである。

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「私は君の写真をたくさん撮った。
できれば日本に帰って、最も良く写っている写真を君のところに送りたい。
君と君の家族のために」
彼に住所を教えてもらい、私はしばらくその場に居た。
帰るまでの間、私は様々な国の観光客の写真撮影を手伝い、一緒に写してもらったりもした。
彼と二人で仁王立ちもした。
もっとも、私の仁王立ちはあまり威圧感が無いのだが。
彼は、道行く人に私のことをFriendだと紹介してくれた。
何よりも嬉しい一言だった。
「スコット。私が今度ハワイに来る時も、君はここでこうしているのかい」
「分からない。もしかすると、オーストラリアに居るかもしれない」
「オ-ストラリア!?」
「もしかするとハワイかも」
彼はそう言って、そのごつい顔でにやりと笑った。
私がもう一ドルをバケツに入れ人魚の一人を指差し、
「Afternoon one dollar is for her」
と言い、
「That Pepsi is for you.And this one dollar is for her」
もう一人の人魚を指差して言うと、スコットが、
「You are so kind」
と言った。
「I'm not kind」
親切で金を払っているとは思われたくなかった。
彼はそれでも"kind"を繰り返し、私は否定した。
私が彼の目を見て、
「I can understand it」
と言うに及んで、彼はようやく納得したように頷き、
「Thank you」
と言った。
帰り際、
「Please tell your wife that Japanese friend ER is nice guy」
と言うと、
「Sure」
と、彼が答えた。
私が握手を求めると、彼は手をズボンで丹念に拭き、砂を全て取ってから右手を出した。
最初の握手とは違って、しっかりと彼の手の感触が伝わってきた。
砂の彫刻を創ることで、妻と二人の子供を支えている、ぶ厚く力強く誇らしげな手のひらだった。
「Bye」
そう言って私はホテルへ向かった。
五メートルほど進んで、スコットから名前を呼ばれて振り返った。
「ER. Have a nice flight!」
手を広げて飛行機の真似をしている彼の姿は、
昼間の仁王立ちからは想像できない無邪気なものだった。
「Yeah. Thanks!」
この時には、もうハワイが大好きになっていた。

深夜一時ごろ、ホテルを出てワイキキビーチを歩いた。
次の朝には日本に帰る飛行機に乗らなければいけない。
寝るなんてもったいないと思った。
ここはハワイだ。
寝るなんてもったいない!
ビーチを歩くと、たちの悪そうな外人がうろうろしている。
不意に、ベンチに座った六人くらいのグループから声をかけられた。
「オニサン」
「What?」
そう言って近づくと、一人の黒人が立ち上がり、
「Do you want marihuana?」
と聞いてきた。
要らないと答えると、なんでと聞いてくる。
金が無いからと言うと、信用していない顔をする。
挙げ句の果てには一万円でいいよなどと言い出す。
「I have only seven dollars」
私はそう言って財布を広げてみせた。
中には六ドルしか入っていなかった。
七ドルしか持っていないと言って、その実、財布の中には六ドルしか入っていない間抜けな日本人を見て、
彼は落胆を隠し切れない様子で、
「OK. Thanks」
右手を出してきた。
握手をすると体格の割に、スコットとは全く違う、守るものの何も無い、ふやけた力の無い手をしていた。
スコットの砂の彫刻は、静かになった砂浜で、頭を壊されて横たわっていた。
これは撮りたくない。
そう思った。
撮ってはいけない。
そんな気もした。
ホテルに帰る時は、サンダルを脱ぎジーンズを膝まで上げて、波打ち際を歩いた。
ああ、これでハワイともお別れか。
そう思いながら空を見ると、流れ星が一つ落ちるのが見えた。
余りにもできすぎた展開に、
「ハワイの奴、最後の最後まで演出してくれるな」
そう思うとたまらなくおかしくなって、笑いをかみ殺しながら部屋に戻った。
エンジントラブルが懐かしかった。

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読み返すと、やっぱり良い旅をしたなと思います。
社長はプルプル震えて怒るかもしれないけれど。



2010年11月4日追記
写真をスキャナで取り込んで差し替えたので再掲。
by Willway_ER | 2010-11-05 00:10